お兄ちゃんが七並べで負けてくれない

姉妹ブログ https://livedoor.hatenadiary.com/

モーリス・ブランショ『友愛のために』

友愛のために

友愛のために

 

ブランショハイデガーへの興味の関連で前に少し手を出しました。西谷修『不死のワンダーランド』がわかりやすかった。『文学空間』は…通読した気がするけど途中までだったかもしれない。

この本はツイッターbotが引用していた一節「エクリチュールというものは、おそらく遺言である。しかし海に投げ入れられた壜はいつも戻ってくる」(リンク)が目に止まったので、出典を検索してポチった。小著っぽいのですぐ読めそうだなと思ったので。

本文は本当に短くて20ページくらいしかない。訳者の清水徹さんが本文の倍以上の分量がある細かな訳注と解説をつけている。この訳注が本当に細かく書かれていて、これだけで20世紀前半から半ばにかけてのフランス知識人の動向の歴史の見取り図になっている。出てくる名前としてはマルグリット・デュラスレーモン・クノージャン=ポール・サルトルジョルジュ・バタイユ、ブリス・パラン、ルネ・シャールロラン・バルトエマニュエル・レヴィナスナチスドイツ占領下でのフランス知識人の抵抗活動とか68年五月革命とかアルジェリア戦争なんかはいまだに又聞きばっかりでまとめて読んだことなかった気がするのでためになった。

本論の内容はブランショが80歳を越えてから書かれた自伝的な回想のエッセイ。テキストの元々の出典は、ブランショの古い友人で、マルグリット・デュラスの2番目の旦那さんであるディオニス・マスコロの『理想の共産主義を求めて』の序文として書かれたものとのこと。

「顔のない作家」であるブランショがこういう本を書いているのはシンプルに意外だったけど、でもやっぱり一筋縄ではいかなくて、ほぼ意味が取れないくらい迂遠な書き方をしていることもあるし、自分の人生を物語化して語ることに、率直にためらいを表明している箇所もある。

また、訳者解説によると伝記研究によって明らかになっている事実とはっきり食い違う箇所がいくつもあるらしい。これは作者の年齢から来る記憶違いの部分も多いとしているが、一方でさらに複雑な事態も指摘している。それがテキストの中盤でかなりぼやかして匂わせ気味に書かれている、大戦の末期にぎりぎりのところで銃殺を免れたという体験のエピソード。訳者はこれを訳注でブランショの小説『白日の狂気』『私の死の瞬間』に描かれている臨死体験に結びつけている。しかし、小説はあくまで小説なので現実の作者の体験とは言い切れない。ところが、ブランショは後にジャック・デリダに宛てた手紙で、これを「事実だ」と書いている。さらに、この手紙に書かれている日付も「事実」とは食い違っている。そしてこれが単なる記憶違いなのか、ブランショが意図的に混乱させようとしているのかもわからない。ついでにこの事態を客観的に立証する他の証拠もどこにもない。

そのようないくつもの非決定性を通して、この自伝的回想の体を取っているテキストの〈作者〉、これを語っている〈私〉は、もはや「誰」と名指すこともできない非人称的な存在になっていく(ブランショはそれを死の空間、文学空間と名付けた)。

それでも、これが単なる形式主義的なテキストでないことは、タイトルに選ばれている友愛(アミティエ)についての考察でわかる。元々はアリストテレスモンテーニュの友情の観念について書こうとしていたけど結果的にこういう回想の形式になったらしい。ブランショは、「友愛」というあり方に、普通の友情や恋愛と区別して特別なニュアンスを与えている(レヴィナスの他者の哲学の色合いが濃い)。テキストの冒頭で「友愛には、雷の一撃=一目惚れはない。思えば、あのころ、友人同士だった。しかしそのことを知らなかった、というような。」と語られる時、たぶんこのテーマを語るには自らの体験を語らねばならないという思いがあったんだろうなという感じをうける。解説によると、ブランショが「友愛」に特有のニュアンスをつけて語り始めるのはバタイユが亡くなってかららしい。そしてこの序文が捧げられたマスコロもこの後合間を置かず亡くなっている。本文の締め括りは盟友のレヴィナスに捧げられている。

そして友愛という特別な関係で結ばれた者たちは、メンバーが「仲間・同志」の共同体(≒共産主義)とは違った、特有の関係性を作り上げる。このあたりのテーマは、後のジャン=リュック・ナンシーの愛と共同体の哲学に繋がる感じもある。ブランショはこのテキストを「忠実、恒久、持久、そしておそらくは永続、これが友愛の特質だ」と締め括る。