安藤礼二『吉本隆明 思想家にとって戦争とは何か』

吉本隆明 思想家にとって戦争とは何か シリーズ・戦後思想のエッセンス
 

 

吉本隆明は長く読んできましたが、入門書やモノグラフ的著作となるとあんまりいいのを読んだ記憶がない。

晩年の聞き書きの本(特に糸井重里が編集したもの)はわかりやすいけど、吉本の独特のケレン味や思想的な深みが刈り込まれてる感が強い。かと言って丁寧に書きすぎても吉本の独自用語やほぼ孤立している体系に延々付き合うことになり、初読の人には読めたもんじゃなくなる。理論的に大きく依拠しているのはヘーゲルマルクスだけどきょうび流行ってない。あとたぶんそもそも需要がない。

しかし安藤礼二なら吉本の粘っこい部分をうまくさらってくれるんではないか、と思って期待してこの本は期待して待っていました。結果どうだったかというと、想像以上によくまとまっていました。吉本隆明という非常にわかりにくい思想家の全キャリアが、100ページちょっとにほぼ網羅されていることに驚嘆すら覚える。少なくとも知的な興味から(今時いるのか知らんが…)吉本が遺した大量の著作に道筋をつけるためのブックガイドとしては、今までで一番いいと思う。

詩作と戦争体験を導入として位置づけているのもきわめて正しいと思うし、マチウ書試論から最後の親鸞へ向かうラインや、捨象されがちなシモーヌ・ヴェイユへの執着も丁寧にピックアップされている。またさすがに安藤さんだけあって柳田國男折口信夫からの影響の読解は感服の思いがあります。柳田國男『妹の力』から共同幻想論の対幻想へ糸を繋ぐ手つきは鮮やかだし、折口信夫に至っては影響というよりほぼ元ネタレベルの言及もある。そしていまどき吉本読むならこれ触れんと意味ないレベルのオウムへの評価からもきちんと書かれている。

1つ2つ重箱も書かせて頂ければ、全編ほぼテクスト論的なアプローチが取られているので、時事・政治批評や情況論への言及があんまりない。私は吉本のテキストは文学体の理論書と、べらんめえ口調で語る時事論のアクチュアリティが両面で1つみたいに思ってるとこがあるので、後者が抜けるとやっぱり微妙に的の中心を外れる感がある。まあやると本の厚さが2倍3倍じゃ済まなくなるので無理なお願いなのは承知していますが…。

安藤さんは共同幻想の解体も宗教的ないし人間の心のプロセスとして見ていますが、私はそれより、国家組織と敵対する市民社会の成熟(対幻想の領域における性的な成熟)によって、国家や法や宗教は自然に必要なくなるという、ヘーゲル的な進歩主義のイメージで考えたい。(私は吉本の思想のコアはヘーゲルの文脈に差し戻されて理解されたマルクスだと考えています。)

いずれにしても改めて100ページちょっとの小著とは思えないくらいの濃さで新しい知見もたくさんあって面白かったです。